接点




 決して人付き合いが得意というわけではないですが、いろいろな
人に会ってきた昨今、漸く解ってきた事があるんだな。
 いろいろな事を知っていて、且つ、会話に盛り込んでいけば何処
かで噛み合うトコロがあって、会話が盛り上がっていくことに。

 

 そしてその反対がこんな会話

 

A「○○○の×××って知ってる?」


B「知りません!」


A「じゃあ、△△△△△ってのは?」


B「ふーん、そうなんですか?(←生返事)」


A「□□□□ってのがあったんだけど・・・・(←既に疲れてる)」


B「オイラ興味無いから!(←悪い態度剥き出しで)」


A「・・・・・(こいつ、どうしようもねーな!)」

 

 

 これでは接点の紡ぎ様もありませぬ。大抵の場合に於いて会話の
ツマラナイ人や興味の幅の狭い人は接点が作れずに、もしくはあた
りさわりのない接点しか作れないので深い人付き合いには発展しな
いケースが大半なんだな。

 

 

 もし興味の幅が狭い、もしくは興味が偏ってる方ならこういうや
りとりが好ましいのではないかと。

 

A「○○○の×××って知ってる?」

 

B「ごめん、それ知らないんだけどどういう話なの?」

 

A「それはね、・・・・・(以下略)」

 


 相手の話を真面目に理解しようとして、会話を広げる方向に向か
っていくならば、誰も悪い気はしないのです。それを無碍に知らな
い会話だからといって全却下に持っていこうとすると、相手の気分
を害するばかりか、その視野の狭さが仇となって嫌われた挙句、将
来的に誰も友人がいなくなる危険性が高いです。
 そうならない為にも、何でも受容できるようにいろいろな事に興
味を持たなければいけませんし、相手の欲しがる答えや厳しい答え、
はたまた想像を超えた答えを投げかけられるようにしないといけな
いんですな。狭いジャンルの中に生きている人でもジャンル内の物
事を好き嫌い無く吸収していけば、広い人付き合いにはならずとも、
そのジャンル内で尊敬を集めることは可能なんですから。

 

 

 それさえ出来れば、いい人間関係が築けるはずです。いろいろな
事に興味を持つのは何も、自分の為だけではないんですよ!

 


結論:良い関係を築く為に、物事は沢山知っておこう。行く行くは
それが良い人間関係に繋がります。

受け入れる事。それが人生だ



 かって友人であったAKG35(←尼崎のクソガキ35歳・職業:SE営業)に
以前、ここ半年どうしているのか?と聞いた時に、

 

い「最近どうしてるの?」


A「何もやってませんよ(←仏頂面なイントネーションで)」


い「(仕事が忙しくても)何もやらないのはダメだろ?それじゃ今まで俺が
教えてきた事も全部ムダにするつもりか?」


A「そういうことになりますね♪(←華麗にスルー)」

 

 人の言う事に全て否定から入る最低の人間に成り下がりましたな。しか
も丁寧に話せば酷い内容の返答でも通用する、と思い込んだ空気の読
めない馬鹿な返事つきで。

 

 ということで、ここで一つ格言でも造る事にします。

 

ババン!!

 

「言い訳の天才 生きる価値無し」

 


 ・・・・流石にこれは言いすぎだな、うん。ならばこう書けばしっくりく
る!!

 


バババン!!

 

 

「言い訳の能力は、実際の能力に反比例する」

 

 

 素直な人間ならば、言い訳せずに受け入れて苦しみながら前に進んで
大きくなるんですが、そうでない人間は言い訳して逃れることで自分を保
って大きくなれないということなんですな。そうして言い逃れする期間が長
くなれば長くなるほど、真剣に取り組んできた人との差が開く。我ながら物
凄く判り易い説明かと思えます。

 


 そう信じて行く内に気が付いた事が、受け入れる事の大事さなんです。

 


 自分の信じていたモノが変わったとき、両親を亡くした時、ある日突然
仕事が無くなってしまった時、はたまた病気や障害を背負ってしまった
時。信じたくない!という気持ちもわからないではないんですが・・・・

 なんだかんだで結局は「受け入れるのみ一択」になってしまうんです。

 


 そうなった時にちゃんと前に進めるそういう大人で、僕はありたいです。AKG35がダメダメな大人に成り下がったことも、ちゃんと受け入れようか
と思います、はい。(←結局はそれを言いたいだけじゃん?)

出来ない事はやらない、の間違い


 ある程度年齢を重ねると、色々な言葉やら状況に遭遇するのが人生っ
てやつですが、その中で「あれ、これはおかしいのではないか?」と思える
言葉ってモノも多数出てきているな、と思えるようになってきました。
 物事を掘り下げて考えてみて周りの人々が、どうも解釈の仕方を間違え
ていると思える言葉が多数存在します。その中でも僕の嫌いな言葉として

 

「出来ない事はやらない」

 

 今まで見た事が無い事や知らない事、はたまた持ち合わせていない技
術を要求される際にエクスキューズの一つとして、この言葉を使って言い
逃れする、というか正当化する人が多いんです。特に悪い意味で平均的
な発想しか出来ない方々が。はっきり言えば、足りないんじゃないかな?

 


 何も努力せずに新しい知恵や知識、はたまた技術が身に付かないの当
然の事。自分で興味を持って、自分に対する義務として真面目に学んだ
り、練習で自分自身での試行錯誤が必要な技術については失敗を恐れ
ずにやり続ける姿勢が無いと、結局は何も身に付かないわけでして。そう
いう努力から逃げ続けている人が、結局は特技ゼロの使えないおっさん
に成り下がるという。

 


 自分のジャンルでも、パチだったら釘やらストローク調整やら数字的な
アプローチやらを自力で磨きましたし、スロなら目押し技術や数字的なア
プローチ、そして時代の趨勢を見るべく情報収集やら他客の動きの観察
など。楽器だったら兎に角練習して、人様に聴かせられるレベルの演奏
技術を磨く。といった努力はしてきているんです。
 個人的には努力をひけらかすのは好きじゃない。というか大嫌いなんで
すが、こういう説明でもしないと若い子は勘違いしますし、中身の無い勘
違い野郎はつけあがりますからね。

 


 勿論、ビギナーが簡単に出来ないような超高等技術は誰も要求しませ
んし、そういうシロモノについては出来ない事はやらない、で全然OKで
す。ある程度修練の積み重ねを重ねた後に挑んで戴きたいとは思うので
すが。ただし、基本的な技術で、且つ出来て当たり前のようなモノ。例え
ばギターだったらバレーコードを押さえるのに難儀してほしくないとか、ス
ロの目押しであれば、レア小役を狙うのに時間がかかりすぎるとか見え
ないから打たないとかは勘弁して欲しいんです。
 上に挙げたのは各ジャンルでの基本的な技術。それが出来ないでとや
かく言うのは只の痛い人でしかないのでね。

 


 もし身の回りのことで、少しだけ努力が足りないモノがあって、それが
基本的なものであれば、是非とも努力を怠らないでやってほしいものです。
 そんな人が、僕は物凄く好きなんです、はい。

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